2005年4月17日 新設
イエメン第2の都市(物の本では第3って書いてあるのもある(・_・?) ちなみに人口250万 14世紀のアラブの旅行者Ibn Batuttaによると、 「イエメンでもっと大きい、そして最も美しい都市の一つ」とある 1948年から1962年までは首都だった |
||
これは宿泊したホテルからの日の出(残念ながら初日の出ではなく12月31日だ) 見てわかるように山が迫ってます 町中ですでに標高1400mある、見えてる山はサビル山標高3006mっす って簡単にいうけど3006mっすよ (^。^) 高山だわな で、その高山に登ってみた 頂上ではないですが寸前です ↓ そこからの眺め 眺め抜群!! 寒っみ〜ですよ こっちゃの方向は真北 |
||
← 旅の友 (^_^)b これで旅行をしてます ト○タの名車です 写っている道はサビル山の登頂の道 結構な傾斜なんですよ、変な話立ってられないくらいなんだよ (ちなみに空気が薄く道を歩くのも大変) |
少し降りてくると ↓ こうなる モスクのミナレット(尖塔)が沢山わかります |
|
山肌に白く点々とあるのは 民家です 崖というか尾根というか、すんごい所に建ててます、道があるんでしょうがすごそう |
← の写真と → の写真 の位置関係はこんな↑感じ |
こちらの白いのは モスクです |
← 下から見上げるとこんな感じで家が建ってます 日当たり抜群だけどものすごい坂だよ で、その坂が → 全ていろは坂状態 山の傾斜もわかるね (^_^)b |
||
でもね、学校に行くのに子供らは歩いてましたよ 中には、サッカーしてるのがいるんだよ この坂道で (+_+) 学校は、坂を下りた所にあるんだよ、つまり街にある |
アル・アシュラフィヤ・モスク Al Ashrafiya Mosque |
||
2つのミナレットが特徴的なモスク ここを見なくっちゃ、タイズに来たとは言えない(ってね) 13,14世紀に建立 モスク名にもなっているアル・アシュラフ1世と2世が建立、墓もある 運がよいと見学可、写真も可、フラッシュも可 で、運が良かった (^。^) 見られました |
||
アル・アシュラフ1世と2世の墓 | ||
実は見られると言ってもお墓とモスクの入口までなんです モスクの中までは入れません ちと無理して撮った写真が↑です 細工が非常に見事ですね → は当時の扉 ですがどうしてもこの少年がどいてくれません (T_T) 知っているのね、皆がこの扉を写真に撮ることを・・・ で一緒にパチリって感じ |
||
左の写真はホテル側から、右の2枚は、サビル山から見た アル・アシュラフィヤ・モスク 2つのミナレットが美しいです |
アルカヒラ城塞 |
||
14世紀、オスマントルコが支配していた時代のもの |
残念ながら中までは未見 |
スーク おまっとさんでした(スーク好きの皆さん、当然行きますスーク) 歩きながらのばしゃばしゃ撮影、意外といいもんだね |
||
スーク歩きは夕方が基本 いわゆるお買い物時間だね |
||
なんだと思う? 煮干しだよ |
煮干しが山のようになっている 使い方はなんと日本と同じ ダシを取るんだって |
アラビヤの王道 ナツメヤシの実 デーツ |
こちらも王道 香辛料の山 |
しかしこうやって煮干しを売るってのは想像外だわな (結構臭ってます) |
|
ここの雑貨屋さんで買い物挙行 お勧めは「サフラン」 超破格値だったよ (日本の1/100じゃないのって声が出てました) ちなみに乳香も破格値 |
正体不明のもの 訊いたけど意味不明だった (T_T) |
|
箒 (ほうきと読む:ってわかるよね) |
麦わら帽子もよく見ました |
|
子供用のスカート |
ジャンビーア店 |
ジャンビーアとは イエメン人なら必ずつけている刀のこと 男の象徴 |
ぶら下がっているのは帽子 あの鍔なしのやつです |
さてなんの店でしょう? 解答は: 公衆電話屋さん 個室です |
どうよ スーク歩き 一度やると病みつきになるね (^_^;) ここタイズにはイエメンではめずらしい女性の売り子さんがいるのだ さすがに写真はNoだね イスラムでは女性が表だって商売するなんぞ考えられない それだけ自由なんだね |
これはおまけ この木が「コーヒーのモカ」の木 モカ・・・イエメンの都市の名 元々は薬用としてエチオピアから伝わった その積出港がモカだった 現在イエメンで本物のモカのコーヒーを飲もうと思うと結構苦労する ほとんど輸出用になっている |
量がちと多くなったので前後編に分けました
後編はこちらから
メールはこちら | ホームはこちら |
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||